それでも家トレを続けられた理由
はじめに|「週3回なら余裕」だと思っていた
正直に言います。
私はもともと体育会系で、
筋トレ耐性もそれなりにある方だと思っていました。
だから最初は、
- 家トレ30分
- 週3回
- 月・水・金固定
これなら余裕で回ると考えていました。
でも現実は違いました。
月・水・金固定でも、ハリは抜けきらなかった
土日を完全に空けても、
- 筋肉のハリが残る
- 体が重い
- 次のトレーニングで「軽さ」を感じない
疲労困憊というほどではない。
でも、明らかに回復しきっていない。
これが毎週続きました。
「歳のせい」で片付けたくなかったが、無視もできなかった
最初はこう考えました。
- まだ調子が上がっていないだけ
- 続ければ慣れるはず
- もう少し頑張れば抜ける
でも、体は正直でした。
やるたびに
ほんの少しずつ
回復が遅れていく
この感覚、
経験者なら分かると思います。
なぜ体育会系ほどハマるのか
後から冷静に振り返って、理由が見えてきました。
① 出力が無意識に高い
- フォームが安定している
- 効かせ方が分かっている
- 無駄な動きが少ない
つまり、
1回1回のダメージが大きい。
30分でも、
初心者の30分とは中身が違う。
② 「効かせたら終わり」ができなかった
分かっていても、
- まだいける
- これくらい普通
- 昔はもっとやっていた
こういう思考が勝つ。
結果、
回復を前提にしたラインを越えていた。
③ 回復の主役が筋肉じゃなくなっていた
40代になると、
- 筋肉
- 筋膜
- 腱
- 神経
ここ全部が影響してくる。
筋肉痛がなくても、
中身は未回復。
これに気づくまで時間がかかりました。
それでも家トレをやめなかった理由
正直、
一度は「やらない方がいいのか」と思いました。
でも、やめるともっと調子が悪い。
- 動かないと腰が重い
- 体が固まる
- 余計に疲れる
だから結論はこれでした。
やめるんじゃない
設計を変える
固定スケジュールをやめたら、体がついてきた
月・水・金を捨てました。
代わりに、
- ハリが抜けたらやる
- 抜けていなければ休む
- 水曜は「回復を邪魔しない日」にする
トレーニング内容も、
- セットを1つ減らす
- 「効いた」で終わる
- 追い込みをしない
これだけで、
- 翌日の重さが激減
- 腰の違和感が出にくい
- 続けるストレスがなくなった
40代で一番変えるべきだったのは「根性」
昔の感覚のままやると、
- 体は応えてくれない
- でもプライドは邪魔をする
正直、
一番調整が難しいのはメンタルでした。
でも、
体が壊れたら
続ける場所すらなくなる
そう考えて、
ようやく切り替えられました。
実は一度、体を壊している
正直に書いておきます。
今やっている量に落ち着く前、
私は元にしていた回数・ボリュームのまま続けて
結局、体を壊しました。
- 明確なケガではない
- でも、張りが抜けない
- 動かすと違和感が増える
- 「これは一度止めないとダメだ」と分かる状態
結果、
しばらくトレーニングを完全に休むことになりました。
休んで分かったことは「回復していなかった」という事実
休養期間に入って初めて気づきました。
- 体が軽くなっていく
- 朝の動き出しが楽になる
- 何もしていないのに調子が戻る
ここでようやく、
あれは「鍛えていた」のではなく
回復しない状態を積み重ねていた
と理解しました。
再開時に選んだのは「半分の量」
再開するとき、
元の回数・セット数には戻しませんでした。
怖かった、というのが正直なところです。
だから選んだのは、
- 回数:半分
- 追い込み:ゼロ
「物足りない」と感じるくらいで止めました。
半分にして、初めて“回った”
皮肉な話ですが、
半分にしてからの方が、継続できました。
- ハリが翌日に残らない
- 次のトレーニングが怖くない
- 「また休まなきゃ」という不安が消えた
結果として、
やらない期間がなくなり
トータルの運動量は増えた
これは完全に想定外でした。
体育会系ほど「半分」が難しい
これははっきり書いておきたい。
体育会系の人間にとって、
- 半分で止める
- 余力を残す
- 追い込まない
これが一番難しい。
でも同時に、
40代以降で一番必要な判断
でもありました。
今なら断言できる
今振り返ると、
あの休養期間は「失敗」ではありません。
- 体の限界を知った
- 昔の基準が通用しないと理解できた
- 続けるためのラインが見えた
これがなければ、
今も「少しずつ壊し続けていた」と思います。
まとめ|回復しないのは、弱ったからじゃない
月・水・金で回らなかったのは、
- 意志が弱いからでも
- 根性が足りないからでもない
体のフェーズが変わっただけ。
40代の体づくりで一番大切なのは、
「どこまでやれるか」ではなく
「どこまでなら壊れないか」を知ることだった。
これができた人から、
長く続けられる。
同じ違和感を感じている人の
判断材料になれば嬉しいです。

コメント